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チルゼパチドの圧勝を、誰もが信じて疑わなかった。いま、何かと話題のチルゼパチド(マンジャロⓇ)と既存のGLP-1受容体作動薬デュラグルチド(トルリシティⓇ)の心血管イベント抑制における比較試験が行われ、意外な結果が報告された。マンジャロⓇの優れた血糖降下作用と体重減少作用は、SURPASS J-monoの結果からも明らかであり(Lancet Diabetes Endocrinol. 2022;10:623-633)、実臨床でも我々はそれを実感している。このことから、今までのGLP-1受容体作動薬以上に、心血管イベント抑制作用が得られる可能が大いに期待される中、SURPASS-CVOTが発表された(N Engl J Med. 2025;393:2409-20)。40歳以上の2型糖尿病と動脈硬化性心血管疾患のある人を、約6,500例ずつSGLT2阻害薬の使用と国籍に準じて2群に割り付け、マンジャロⓇ15mg/週とトルリシティⓇ1.5mg/週を投薬し、平均4年間追跡した。主要評価項目である心血管死、心筋梗塞、脳梗塞の複合エンドポイントはマンジャロⓇ群12.2%、トルリシティⓇ群13.1%であり、マンジャロⓇはトルリシティⓇに対して非劣性であったが、優越性を示すことが出来なかった(P=0.09)。さらに、HbA1cの低下と体重の減少はマンジャロⓇ群で大きかった。この結果をどう解釈するべきであろうか。L社に好意的で、マンジャロⓇが好きな人は“他のGLP-1受容体作動薬と同等の血管保護作用があって、さらに血糖降下作用と体重減少作用が得られるんだ”と前向きに捉えるかもしれないが、同社に批判的でマンジャロⓇがあまり好きではない人は“血糖や体重はさらに下げるのに、心血管イベントは同程度しか抑制出来ないんだ”と揶揄するであろう。私的には両方とも正しいが、両方とくに後者の意見は浅はかであると考える。そもそも、マンジャロⓇは糖尿病治療薬である。糖尿病治療の目標は血糖管理をして合併症を抑制して寿命やQOLを護ることにある。そして糖尿病の合併症は心血管イベントや動脈硬化性疾患だけではない。昨今の“心血管イベント抑制したもん勝ち”的な糖尿病治療薬の解釈は度が過ぎている気がする。Fantastic FourとかFour Pillarsなんて昔のDeadly Quartetみたいな安易な呼び方はしないで、一つ一つの薬剤の特性を吟味して頂きたい。SURPASS-CVOTの結果から、細小血管合併症抑制の点ではHbA1cをより下げているマンジャロⓇの方が勝っていると言える。事実、腎保護作用についてはマンジャロⓇの方が有意に優れていることが、SURPASS-CVOTのサブ解析で報告されている(Lancet Diabetes Endocrinol. 2026;14:544-557)。REWINDの結果で(第50話参照)トルリシティⓇがプラセボよりも心血管イベントを有意に抑制していることから、SURPASS-CVOTにもプラセボ群があったならば、マンジャロⓇもそれよりは心血管イベントを抑制している可能性は三段論法で辛うじて成立する。
では、今回のSURPASS-CVOTの結果をどう解釈するべきであろうか。ここで一つ“GLP-1関連薬の心血管イベント抑制作用は血管のGLP-1受容体に対する直接作用によるものだ”という大胆な仮説を立ててみたい(第50話参照)。SURPASS-CVOTはマンジャロⓇ15㎎とトルリシティⓇ1.5㎎が、心血管イベント抑制が同等であったことを示した。HEK293細胞という線維芽細胞を用いたin vitroの実験結果で、チルゼパチドはGIP受容体にはネイティブのGIPと同等に作用するが、GLP-1受容体に対して結合能はネイティブのGLP-1の約5分の1で、細胞内cAMP濃度の上昇作用は約10分の1であった(Cardiovasc Diabetol. 2022;21:169)。この計算を単純にSURPASS-CVOTに当てはめると、マンジャロⓇ15㎎/週によってもたらされるGLP-1受容体作動薬としての作用は10分の1の1.5mg/週となりトルリシティⓇと同等であり、このため心血管イベント抑制も同等であったと言えるのではないか。そして、マンジャロⓇのGIP受容体作動薬としての作用はこの期間における心血管イベント抑制には寄与出来ず、主に血糖や体重を下げることで他の合併症や併存疾患の発症進展抑制に寄与している可能性がある。そしてこの血糖降下作用や体重減少作用はもっと長い期間での心血管イベント抑制に寄与している可能性がある。事実、SURPASS-CVOTの結果でも後半200週以降、有意ではないが、微妙にマンジャロⓇで心血管イベントが抑制される傾向にある。これをあと倍の500週(約10年)まで追いかけると、有意差がついていたのかもしれない。ここで、糖尿病の心血管イベント抑制の大権現ともいえるビックデータであるUKPDSを振り返ってみよう。強化血糖コントロールが心血管イベントを抑制するLegacy effectが現れるまでに10年かかっている(N Engl J Med 2008; 359: 1577-1589)。すなわち、SURPASS-CVOTで得られたマンジャロⓇの血糖降下と体重減少がトルリシティⓇを上回って心血管イベントを抑制するのは10年後といえる。私の考えを図にまとめてみた。マンジャロⓇはGLP-1作用によって直接的(短期的)血管保護作用をもたらすと同時に、GIP作用とGLP-1作用の優れた血糖降下と体重減少で長期的にも血管保護を惹起していると言える。この話をL社の講演会で語れないのが虚しい、、、。
このGLP-1直接血管保護説を裏付けるもう一つの事象がある。第50話の表を見て頂きたい。GLP-1受容体が有意に心血管イベントを抑制しているリラグルチド、注射セマグルチド、デュラグルチドは皮下に注射することで薬剤の末梢血中濃度を長時間上げられる薬剤である。それに対してリキシセナチドは作用時間が極端に短過ぎ、経口セマグルチドは内服なので門脈から肝臓を経て末梢血中に流出する薬剤量が少ない。つまり、GLP-1受容体作動薬で心血管イベントを抑制するためには、末梢血中の薬剤濃度を長時間上昇させ、血管壁のGLP-1受容体をGLP-1受容体作動薬に長時間暴露させる必要があるのではないか。我々が行ってきたGLP-1の血管保護を示した基礎研究は、浸透圧ポンプを皮下に埋め込んで、常時GLP-1受容体作動薬が皮下投与されている状態を作っている(J Atheroscler Thromb. 2019;26:183-197, Biochem Biophys Res Commun. 2011;405:79-84, Diabetes. 2010;59:1030-1037)。
サイエンスを“上がった、下がった”とか“有意差、非劣性”だけで片付けないで頂きたい。

<残心>かえよう糖尿病
かえよう糖尿病の市民公開講座が、2026年6月14日にWeb開催されました。前回の2025年11月16日に続いて2回目です。今回は1600名もの方々にご視聴いただき、アドボカシー活動や糖尿病→ダイアベティスの呼称の変更、かえよう糖尿病プロジェクト(かえよう糖尿病|ひとりで「頑張る」だけじゃ血糖値は下がらないかも)の話を清野裕理事長、田中永昭先生と約1時間お話しさせて頂きました。今回はフリーアナウンサーの町亞聖さんが司会をして頂きました。町さんは医学系の報道に長く携わっておられただけあって、我々の分野にも造詣が深くダイアベティスへの呼称の変更にも関心を持たれてました。驚いたのは初対面の時、糖キング62話を完読されていたことです。今回のイベントが決まってから出演者の一人である私のことを調べられ、糖キングにたどり着いたのでしょう。やはり超一流のプロは違うな~と感心していたら、「文章が上手で面白いから読めてしました!」とお褒めのお言葉を頂きました。国語が苦手過ぎてセンター試験を諦め、私立の医学部しか受験できなかった私の文章が、言葉のプロフェッショナルのアナウンサーの方に褒めて頂けるなんて、、、。大槻ケンヂさんが「僕の本が有名大学卒の先生の本より売れてるなんて、、、。」と言っていた時と同じ心境です。これからも頑張って書いて、100話までは行きたいと思います。応援よろしくお願いします。

【残心(ざんしん)】日本の武道および芸道において用いられる言葉。残身や残芯と書くこともある。文字通り解釈すると、心が途切れないという意味。意識すること、とくに技を終えた後、力を緩めたりくつろいでいながらも注意を払っている状態を示す。また技と同時に終わって忘れてしまうのではなく、余韻を残すといった日本の美学や禅と関連する概念でもある。(Wikipediaより一部抜粋・転載)
【第01話】多くの人生を変えたミラクルドラック・インスリン
【第02話】HbA1cの呪縛
【第03話】糖尿病と癌
【第04話】糖毒性という名のお化け
【第05話】医者らしい服装とは?
【第06話】食後高血糖のTSUNAMI
【第07話】DMエコノミクス
【第08話】インクレチンは本当にBeyondな薬か?
【第09話】守破離(しゅ・は・り)
【第10話】EMPA-REG OUTCOMEは糖尿病診療の世界を変えるか?
【第11話】新・糖尿病連携手帳
【第12話】過小評価されている抗糖尿病薬・GLP-1受容体作動薬
【第13話】ADAレポート2016
【第14話】メトホルミン伝説
【第15話】Weekly製剤を考える
【第16話】糖と脂の微妙な関係
【第17話】チアゾリジン誘導体の再考~善とするか「悪とす」か~
【第18話】糖尿病患者さんの死因アンケート調査から考える
【第19話】Class EffectかDrug Effectか
【第20話】糖尿病治療薬処方のトリセツ執筆秘話
【第21話】大規模臨床試験の影の仕事人
【第22話】低血糖の背景に、、、
【第23話】ミトコンドリア・ルネッサンス
【第24話】血管平滑筋細胞の奥深さ
【第25話】運動療法温故知新
【第26話】糖尿病アドボカシー
【第27話】GLP-1の真の目的は何か
【第28話】糖尿病連携手帳 第4版
【第29話】残存リスクを打つべし!
【第30話】糖尿病という病名は変更するべきか
【第31話】合併症と併存症
【第32話】メディカルスタッフ
【第33話】新・自己管理ノート
【第34話】グルカゴン点鼻薬とスナッキング肥満
【第35話】SGLT2阻害薬 For what?
【第36話】血糖値と血糖変動のアキュラシー
【第37話】経口GLP-1受容体作動薬
【第38話】コロナ禍をチャンスにする糖尿病診療
【第39話】HbA1cはウソをつく、こともある
【第40話】糖尿病治療ガイド2022-2023:私のポイント
【第41話】順天堂大学医学部附属静岡病院
【第42話】2型糖尿病の薬物療法のアルゴリズム
【第43話】降圧薬のBeyond
【第44話】糖尿病治療はデュアルの時代
【第45話】兄貴に捧げるラストソング
【第46話】血糖だけにこだわらない!糖尿病治療薬の考え方・使い方
【第47話】糖尿病は治るのか?
【第48話】2型糖尿病の薬物療法のアルゴリズム(第2版)
【第49話】医師の働き方改革
【第50話】GLP-1受容体作動薬のセレクト
【第51話】肥満症の治療薬
【第52話】Dear ケレンディア
【第53話】高齢ダイアベティスの極意~キョウイクとキョウヨウ~
【第54話】尿アルブミンは心血管の鏡
【第55話】SGLT2阻害薬 For what?第2章
【第56話】“あいうえお、かきくけこ、さしすせそ”
【第57話】JADEC連携手帳 第5版
【第58話】12th JADEC年次学術集会
【第59話】腫瘍糖尿病学
【第60話】2025th WDD
【第61話】GLP-1RA vs. SGLT2Iどっちが血管保護してる?
【第62話】ダイアベティス(糖尿病)治療薬 ファースト&セカンドチョイス処方術
【第63話】SURPASS-CVOTの結果を深読みする
【第64話】13th JADEC年次学術集会
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