糖尿病専門医・指導医 野見山崇 | 糖尿病についてのコラム

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糖キング 糖の流れに魅せられた男が語る(Talking)糖尿病のお話。 二田哲博クリニック 糖尿病専門医・指導医 野見山崇

【第29話】
残存リスクを打つべし!

残存リスク(残余リスク、Residual Risk)という言葉がある。心血管イベント抑制のため、血圧、血糖、LDLコレステロールを十分にコントロールすることは当然重要であるが、これらをコントロールした上でも残存する心血管イベントのリスクファクターがある。最近では、食後高血糖や血糖値スパイクも残存リスクとして挙げるドクターもいるが、最も重要で良く知られている残存リスクは中性脂肪(トリグリセライド TG)の高値である。LDLコレステロールに比べて中性脂肪は日常臨床で軽視されがちな存在と言える。その理由は、LDLコレステロールを低下させるスタチンは、糖尿病の有無にかかわらず圧倒的な心血管イベント抑制のエビデンスに裏付けされているが、中性脂肪を低下させることによる心血管イベント抑制のエビデンスは、ほぼ皆無に等しいからだ。過去に、中性脂肪を低下させるフェノフィブラートで行われた臨床研究においても、糖尿病やメタボリック症候群を有する患者において、心血管イベントを抑制出来なかった(Diabetes Care. 32 (2019) 493-498)。また、中性脂肪が変動の激しい検査項目であることも、軽視される原因の一つと言える。中性脂肪は食事の内容と量や時間、飲酒量、最近の運動量によって著しく変動する。従ってコントロール目標値も血糖同様食前後で分けられており、空腹時は150mg/dL未満を、食後は200 mg/dL未満を目指すとされている。この事実を悪い意味でよく知っている我々医療者や、外来通院歴の長い慣れあいになってしまった患者さんは“今回はたまたま高いだけですよ”と言って、素通りしてしまいがちだ。しかし、中性脂肪を軽視するなかれ!わが国の糖尿病患者の残存重大リスクファクターだ。
第10話でも取り上げたように、イギリスを中に行われたUKPDSでは、LDLコレステロールが2型糖尿病患者の最も重要な冠動脈疾患リスクファクターであった。しかし、同様の検討を日本人2型糖尿病患者で行うと、中性脂肪が最も重要なリスクファクターで、第2位がLDLコレステロールであることが報告されている。

2型糖尿病患者の冠動脈疾患リスクファクター@第29話 残存リスクを打つべし!@糖キング 野見山崇

2型糖尿病患者において、血糖コントロールの指標であるHbA1cよりも、脂質異常の方が重要であるという事実にも驚かされるが、わが国では中性脂肪が最重要であることは驚愕の事実であり、たまたま高いなどと言えない存在である。さらに、2型糖尿病患者ではインスリン抵抗性のため、遊離脂肪酸の上昇やLPL (lipoprotein lipase)の低下に伴う中性脂肪の代謝障害により、中性脂肪が上がりやすい病態にある。また、中性脂肪が高いことは、悪玉コレステロールであるLDLコレステロールをさらに動脈硬化を起こしやすい超悪玉コレステロール(small dense LDL)に変えてしまう働きがある。血管を護るためには、HbA1cのみならず血糖値スパイクも改善しなくてはならないのと同様に、LDLコレステロールのみならず中性脂肪も改善する必要があると言える。
では、中性脂肪はどのようにしたら下げられるのであろうか。食事・運動療法が最も重要であるのは言うまでもない。メタボリック症候群の診断基準に、中性脂肪と善玉コレステロール(HDLコレステロール)は含まれるが、LDLコレステロールは含まれないことから分かるように、中性脂肪は生活習慣と密接な関係性がある。

メタボリックシンドロームの診断基準@第29話 残存リスクを打つべし!@糖キング 野見山崇

また、意外な落とし穴はフルーツである。日本人にはフルーツ信者が多いが、果糖は中性脂肪を上昇させる女性に多く認められる原因食材である。果物は1日1単位(80キロカロリー)までに抑えたい。では、薬剤で中性脂肪を抑えるものはあるのか。多価不飽和脂肪酸が中性脂肪を抑制することが以前から知られている。我々は青魚の油に多く含まれるエイコサペンタエン酸(EPA)製剤であるエパデールⓇが日本人2型糖尿病患者において頚動脈肥厚を有意に抑制することを見出して報告している(Athroscleosis. 191 (2007) 162-167)。現在臨床応用されているEPA製剤にはドコサヘキサエン酸(DHA)も含有するロトリガⓇという製剤もある。両剤を直接比較した研究結果はなく、これら医薬品の優劣は付けられないが、市販のサプリメントとして販売されているEPAやDHAは、混ざり物が多くあまり推奨できないというのが個人的意見である。
一方、フィブラート系薬剤は中性脂肪を下げる薬として以前から使われてきた(リピディルⓇ、ベザトールⓇ)。フィブラート系薬剤は、主に肝臓における核内受容体PPARαに作用することで、脂質異常症を改善する。

PPARα活性化は脂質代謝を調整する@第29話 残存リスクを打つべし!@糖キング 野見山崇

PPARαは第17話で紹介したチアゾリジン誘導体のターゲットであるPPARγの兄弟のような存在で、肝臓を中心に血管構成細胞にも発現していることから、動脈硬化関連疾患の重要な遺伝子であることが知られている。しかし、フィブラート系薬剤に注目が集まらず、あまり研究の対象にはならなかった。ところが、今回新たなフィブラート系薬剤ぺマフィブラート(パルモディアⓇ)が臨床応用され、それが他の薬剤に比してPPARα選択性が高く、効果が良い可能性があるとの噂を聞きつけた我々は、新たな研究を行った。結果、ぺマフィブラートが通常食、高脂肪食に関わらず、血管傷害後の血管肥厚を有意に抑制することが堀川剛先生によって見いだされた(Heliyon. 2020, in press)。メカニズムとしてはサイクリンD1という細胞周期の進行を促進する遺伝子発現を抑制することで、血管平滑筋細胞増殖が抑制され、血管肥厚が抑制されていた。

PPARαアゴニストは新生内膜形成を抑制する@第29話 残存リスクを打つべし!@糖キング 野見山崇

ぺマフィブラートは現在、フィブラート系薬剤の威信をかけた臨床研究が進行中であり(Am Heart J. 206 (2018) 80-93)、我々の研究結果が糖尿病患者における新たな心血管イベント抑制機序解明の一助となることを心から期待する。本研究において興味深かったのが、ぺマフィブラートがFibroblast growth factor 21 (FGF21)の血中濃度を有意に上昇させていた点だ。FGF21はGLP-1と協調し、インスリンが出ない状態のマウスでも血糖値を低下させることが知られている(Diabetes. 63(214) 101-110)。もしかしたらぺマフィブラートが、糖代謝をも改善する可能性もある。長年糖キングをご愛読頂いている方はもうお気付きだろうが、本研究は過去に我々がGLP-1受容体作動薬(Biochem Biophys Res Commun. 405(2011)71-84, J Atheroscler Thromb. 26(2019)183-197)、DPP-4阻害薬(Cardiovasc Diabetol. 13(2014)154)、SGLT2阻害薬(Biochem Biophys Rep. 18(2019)100640)で行ってきた研究と同様の系を用いている。今後、これら糖尿病治療薬とぺマフィブラートとのコラボレーションも楽しみであり、糖尿病治療薬と共に脂質改善薬にもbeyondな作用を期待できる時代が来たと言える。

<残心>化研病院
私が現在勤務している国際医療福祉大学市川病院は、前身が化研病院(化学療法研究所附属病院)という結核療養所であり、今でも千葉県内唯一の結核病棟が残っています。当時の国民病であった結核は不治の病であり、治療ではなく療養するしかなく、診療に関わっていた多くの医療者も感染したそうです。そのため、今でもご高齢の方には結核療養所という名称に対するスティグマがあるらしく、当院に赴任することになったと家族に伝えると“お前は何か悪い事でもしたのかい?”とご高齢のご親族から言われたという医師もいます。また、当時の当院の結核療養に対する功績を称え、1938年には宮内省から恩賜館という歴史的な建造物が下賜されています。とても趣のある建物で、私が初めて当院を見学した際、当時事務局長であった杉本和也さんが中を案内してくれたことを覚えています。
昭和の国民病結核の療養所であった場所で、平成~令和の国民病である糖尿病の療養指導をしていることに深い縁を感じます。お気づきの通り、両疾患とも療養する病気なのです。しかし、当時の結核療養所と糖尿病の療養は大きく違います。糖尿病が全くない状態に戻ることは出来ませんが、糖尿病と共に幸せな人生を送ることが誰にでも可能であり、それをサポートするのが糖尿病療養指導です。時代の変遷と共に、国民病も変化し療養という言葉の意味も変わってきたのでしょう。













残心(ざんしん)】日本の武道および芸道において用いられる言葉。残身や残芯と書くこともある。文字通り解釈すると、心が途切れないという意味。意識すること、とくに技を終えた後、力を緩めたりくつろいでいながらも注意を払っている状態を示す。また技と同時に終わって忘れてしまうのではなく、余韻を残すといった日本の美学や禅と関連する概念でもある。(Wikipediaより一部抜粋・転載)






【第01話】多くの人生を変えたミラクルドラック・インスリン
【第02話】HbA1cの呪縛
【第03話】糖尿病と癌
【第04話】糖毒性という名のお化け
【第05話】医者らしい服装とは?
【第06話】食後高血糖のTSUNAMI
【第07話】DMエコノミクス
【第08話】インクレチンは本当にBeyondな薬か?
【第09話】守破離(しゅ・は・り)
【第10話】EMPA-REG OUTCOMEは糖尿病診療の世界を変えるか?
【第11話】新・糖尿病連携手帳
【第12話】過小評価されている抗糖尿病薬・GLP-1受容体作動薬
【第13話】ADAレポート2016
【第14話】メトホルミン伝説
【第15話】Weekly製剤を考える
【第16話】糖と脂の微妙な関係
【第17話】チアゾリジン誘導体の再考~善とするか「悪とす」か~
【第18話】糖尿病患者さんの死因アンケート調査から考える
【第19話】Class EffectかDrug Effectか
【第20話】糖尿病治療薬処方のトリセツ執筆秘話
【第21話】大規模臨床試験の影の仕事人
【第22話】低血糖の背景に、、、
【第23話】ミトコンドリア・ルネッサンス
【第24話】血管平滑筋細胞の奥深さ
【第25話】運動療法温故知新
【第26話】糖尿病アドボカシー
【第27話】GLP-1の真の目的は何か
【第28話】糖尿病連携手帳 第4版
【第29話】残存リスクを打つべし!
【第30話】糖尿病という病名は変更するべきか
【第31話】合併症と併存症
【第32話】メディカルスタッフ
【第33話】新・自己管理ノート
【第34話】グルカゴン点鼻薬とスナッキング肥満
【第35話】SGLT2阻害薬 For what?
【第36話】血糖値と血糖変動のアキュラシー
【第37話】経口GLP-1受容体作動薬
【第38話】コロナ禍をチャンスにする糖尿病診療
【第39話】HbA1cはウソをつく、こともある
【第40話】糖尿病治療ガイド2022-2023:私のポイント
【第41話】順天堂大学医学部附属静岡病院
【第42話】2型糖尿病の薬物療法のアルゴリズム
【第43話】降圧薬のBeyond
【第44話】糖尿病治療はデュアルの時代
【第45話】兄貴に捧げるラストソング
【第46話】血糖だけにこだわらない!糖尿病治療薬の考え方・使い方
【第47話】糖尿病は治るのか?
【第48話】2型糖尿病の薬物療法のアルゴリズム(第2版)
【第49話】医師の働き方改革
【第50話】GLP-1受容体作動薬のセレクト

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