医療人として | 糖尿病の治療について | 糖尿病についてのコラム | プロフィール
“プロフェッショナル”という番組が好きでよく見ていました。どんな分野でも偉人の発想や歩んできた道は人生の参考になるからです。もしも、私にとってプロフェッショナルとは何ですかと聞かれたら私は“自らの行動で周りの人を幸せにできる人”と答えると思います。
医師として医学者として周囲を幸せにするために不可欠なのが絶対的な知識と実力であると思っています。私の目の前にいる患者さんに、世界で最も正しい提案や処方をしなくてはならない。私が研究を指導する若い医師が、世界中のどこに行っても恥ずかしくない研究をさせなくてはいけないと思っています。私は内科医なので手術はしません。従って、赤いタオルを首にかけてオペ室に駆け込むようなパフォーマンスは出来ませんが、一錠の薬剤の処方や一本のインスリンの処方に全身全霊を注ぎ込むようにし、そのための努力は惜しまないようにしています。一球入魂という言葉が野球の世界にあるように、一錠入魂できるのが内科医の醍醐味ではないかと思います。
また、受け取った側が本当に幸せを感じられているであろうかということを、常に自問自答するようにしています。血糖コントロールは人生設計です。人生の目標や目的が人それぞれ違うように、血糖コントロールの目標や目的も違っていいでしょう。そして、我々医療スタッフは患者さんの人生設計をサポートする伴走者であって、指導者ではないことを自覚するべきであると思います。血糖値やヘモグロビンA1cが低下する事だけに固執せず、最終的な患者さんの人生のハピネスに繋がるような診療をするべきと考えています。
私が剣道をしている事を御存じの先生から、糖尿病診療の“残心”とは何だと思いますかというご質問を頂いたことがあります。私は、患者さんが亡くなるときに“先生と一緒にやってこれて楽しかったよ”と言ってくれることですと答えました。
糖尿病とは何でしょうか?
一般の方にこのような質問をすると、肥満の病気、運動不足の人がなる病気、合併症が怖い病気といった答えが返ってくるでしょう。しかし、これらは糖尿病の枝葉でしかありません。糖尿病とはインスリンの絶対的もしくは相対的作用不足によってもたらされる慢性高血糖状態です。つまり、糖尿病を語るうえでインスリンの不足、言い換えればインスリンを分泌する膵臓のβ細胞の機能低下が不可欠です。もしもこの世に、永遠にインスリンを分泌することが出来る膵β細胞をお持ちの人が居たら、その人はどんなに食べ過ぎても運動不足でも糖尿病にはなりません。そして、膵β細胞のインスリン分泌能は、生まれ持った遺伝的背景や体質に大きく左右されることから、糖尿病になるということは、背が高いとか低いといった体質に近い事ではないでしょうか。
よく患者さんに聞かれます。私より食べ過ぎで、私より運動不足で、私よりずっと太っている人が居るのに、何で私だけ糖尿病になってしまったの?と。そんな時私はこう答えます。あなたが何で私だけ糖尿病になるのっていう質問は、何で僕は“キムタク”みたいな美男に生まれなかったのって言っているのと同じことですよ。そんな事を今更嘆いても仕方ありませんよね。でしたら、生まれ持った体質で、いかにハッピーな人生を歩んでいくかを考えるべきではないでしょうか。
糖尿病の治療や血糖コントロールとは、糖尿病という自分の体質と自分の希望や欲求をいかに調和させて幸せへの人生設計をしていくかということにあたると思います。ですから、糖尿病と戦うとか、薬やインスリンを始めたら負けだといった考え方は、“絶対に医師にはならない”と思っていていた幼少期の私のように、無益な戦いをしているにすぎません。食事療法や運動療法は、学歴や資格のような社会で生き残るための知識であり、薬やインスリンは自動車や自転車のような生活を助けるためのアイテムと言えるのではないでしょうか。
治療に前向きに取り組み、合併症のない生活をすれば、糖尿病でない人と同じもしくはそれ以上に充実した人生を送ることが可能です。
私が米国留学中に剣道のご指導を頂いた有賀弘毅先生(剣道教士七段)は64歳で1型糖尿病を発症されました。その時先生はこう言われました。“野見山君、僕は糖尿病なって良かった。このまま大酒くらいの生活を続けていたらあと10年で死んでいただろう。でも、糖尿病になってインスリンのこと、運動のこと、低血糖のこと、カロリーのことに十分注意するようになったから、あと20年元気で剣道ができるような気がするよ。”
また、1999年のミス・アメリカ ニコール・ジョンソンさんも“私が1型糖尿病でなかったらミス・アメリカにはなれなかった”と言われています。糖尿病になって、ただの“患者”になるか、人生をハッピーに生き抜く“賢者”になるかは自分次第です。
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