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予想していた通りの結果だった。GLP-1受容体作動薬のセマグルチドが“糖尿病のない”肥満者にも心血管イベントを抑制する作用を有することがエビデンスとして報告されたのだ(N Engl J Med 389 : 2221-2232, 2023)。45歳以上、BMI27以上の糖尿病がない肥満者に、セマグルチドを週に2.4㎎を皮下注射すると、約4年間で心血管死、心筋梗塞、脳梗塞の複合イベントが有意に抑制された。過去に第08話でも述べた通り、GLP-1受容体作動は単なる血糖降下作用を超えて血管保護作用を有しており、糖尿病でない状態のモデル動物でもアテローム病変抑制や(Diabetes 2010 Apr;59(4):1030-7.)、血管肥厚抑制作用(Biochem Biophys Res Commun 2011 Feb 4;405(1):71-84,J Atheroscler Thromb 2019 Feb 1 ;26(2) : 183-197)が惹起されることを我々は見出し報告してきた。一方、過去に行われたヒトを対象とした大規模臨床試験は、糖尿病のあるヒトで検証されたもののみで、GLP-1受容体作動薬の直接的な血管保護作用なのか、血糖管理が改善された影響なのか釈然としない状況であった(表)。しかし、今回発表されたSELECT試験は血糖改善の影響を排除した状況での心血管イベント抑制作用を明確にしたと言える。
試験期間中、セマグルチド群では約1割の体重減少が認められたことは影響しているかもしれないが、表に示した過去のエビデンスよりも血糖降下作用を超えた“beyond”な作用が示された。日本糖尿病学会の提示した2型糖尿病の薬物療法のアルゴリズム(第42,48話)Step3では、Additional Benefitsを考慮すべき併存疾患に対する糖尿病治療薬としてGLP-1受容体作動薬とSGLT2阻害薬が挙げられている。SGLT2阻害薬は糖尿病がなくても慢性腎臓病や心不全の患者に投与可能な薬剤が一部あるが、GLP-1受容体作動薬は慢性腎臓病や心血管疾患の保険病名は取得できていない。我々が20年以上前から基礎研究で示しているとおり、GLP-1受容体作動薬が糖尿病治療薬のみならず“血管保護薬”として糖尿病のないヒトにも投与可能になる日が待ち遠しい。
セマグルチドを使用したSUSTAIN-6、PIONEER 6そして今回のSELECTを見比べると興味深いことに気付く。同じコンパウンド(薬物)を使用しているにもかかわらず、皮下注射は有意に心血管イベントを抑制し、経口投与はプラセボに対して非劣性でしかない。第37話でも述べた通り、リベルサス®は門脈内の血中濃度を著明に上昇させることが出来るが、その反面体循環に作用するセマグルチドは皮下注射して直接体循環に入り込めるオゼンピック®に比べて少ない可能性がある。我々が行ってきたGLP-1受容体作動薬の基礎研究も全てマウスに皮下投与していることや、主に門脈内のGLP-1やGIP濃度を上昇させるDPP-4阻害薬を用いた海外の臨床研究もPIONEER 6同様非劣性でしかなかったことを合わせ考察すると、インクレチンの血管保護作用を惹起するためには皮下注射の方がbetterであるとも考えられる。しかし、現在のところは明確な根拠のない私見憶測である。
GLP-1受容体作動薬の血管保護作用は、図のように血管構成細胞に発現したGLP-1受容体に薬剤が直接結合することによってもたらされることが分かっている。一部の細胞ではGLP-1受容体が発現しているか否か議論の余地が未だあるものも存在するが、我々が精力的に研究を行ってきた血管平滑筋細胞には“確実に”発現している。もしかしたらGLP-1受容体作動薬の血管保護作用の中心的役割を血管平滑筋細胞が担っているのかもしれない。そして、血管構成細胞のGLP-1受容体発現は糖毒性によって低下させられることが川崎医大のグループから報告されている(Diab Vasc Dis Res. 2017 Nov;14(6):540-548)。そう考えると、糖尿病のないヒトの方がGLP-1受容体作動薬の血管保護作用を享受しやすいと言えるのかもしれない。
<残心>糖尿病学の進歩
あまり知られていないかも知れませんが、「糖尿病学の進歩」という学会が毎年2月頃開催されています。日本糖尿病学会年次学術集会に比べると規模は小さいのですが、座長・演者は全てエキスパートの先生方で、最先端の“正しい”内容の講演が聴講できます。毎年聴講者はメディカルスタッフの皆さんが多いように感じられますが、入局1年目・2年目の若い医師の皆さんに“自腹を切ってでも”是非参加してほしいと思います。今現在の糖尿病学の全貌が把握出来るはずです。今年4月、順天堂大学医学部附属静岡病院 糖尿病・内分泌内科に初の直接入局の医師が誕生しました。来年1月に沖縄で行われる第59回糖尿病学の進歩に参加して頂きたいと思います。
ところで蛇足ですが、今年2月に京都で行われました第58回糖尿病学の進歩の会場内で、我々の著書(第46話)が売り上げ第1位に輝きました!執筆してくれた仲間たちに深く感謝します。
【残心(ざんしん)】日本の武道および芸道において用いられる言葉。残身や残芯と書くこともある。文字通り解釈すると、心が途切れないという意味。意識すること、とくに技を終えた後、力を緩めたりくつろいでいながらも注意を払っている状態を示す。また技と同時に終わって忘れてしまうのではなく、余韻を残すといった日本の美学や禅と関連する概念でもある。(Wikipediaより一部抜粋・転載)
【第01話】多くの人生を変えたミラクルドラック・インスリン
【第02話】HbA1cの呪縛
【第03話】糖尿病と癌
【第04話】糖毒性という名のお化け
【第05話】医者らしい服装とは?
【第06話】食後高血糖のTSUNAMI
【第07話】DMエコノミクス
【第08話】インクレチンは本当にBeyondな薬か?
【第09話】守破離(しゅ・は・り)
【第10話】EMPA-REG OUTCOMEは糖尿病診療の世界を変えるか?
【第11話】新・糖尿病連携手帳
【第12話】過小評価されている抗糖尿病薬・GLP-1受容体作動薬
【第13話】ADAレポート2016
【第14話】メトホルミン伝説
【第15話】Weekly製剤を考える
【第16話】糖と脂の微妙な関係
【第17話】チアゾリジン誘導体の再考~善とするか「悪とす」か~
【第18話】糖尿病患者さんの死因アンケート調査から考える
【第19話】Class EffectかDrug Effectか
【第20話】糖尿病治療薬処方のトリセツ執筆秘話
【第21話】大規模臨床試験の影の仕事人
【第22話】低血糖の背景に、、、
【第23話】ミトコンドリア・ルネッサンス
【第24話】血管平滑筋細胞の奥深さ
【第25話】運動療法温故知新
【第26話】糖尿病アドボカシー
【第27話】GLP-1の真の目的は何か
【第28話】糖尿病連携手帳 第4版
【第29話】残存リスクを打つべし!
【第30話】糖尿病という病名は変更するべきか
【第31話】合併症と併存症
【第32話】メディカルスタッフ
【第33話】新・自己管理ノート
【第34話】グルカゴン点鼻薬とスナッキング肥満
【第35話】SGLT2阻害薬 For what?
【第36話】血糖値と血糖変動のアキュラシー
【第37話】経口GLP-1受容体作動薬
【第38話】コロナ禍をチャンスにする糖尿病診療
【第39話】HbA1cはウソをつく、こともある
【第40話】糖尿病治療ガイド2022-2023:私のポイント
【第41話】順天堂大学医学部附属静岡病院
【第42話】2型糖尿病の薬物療法のアルゴリズム
【第43話】降圧薬のBeyond
【第44話】糖尿病治療はデュアルの時代
【第45話】兄貴に捧げるラストソング
【第46話】血糖だけにこだわらない!糖尿病治療薬の考え方・使い方
【第47話】糖尿病は治るのか?
【第48話】2型糖尿病の薬物療法のアルゴリズム(第2版)
【第49話】医師の働き方改革
【第50話】GLP-1受容体作動薬のセレクト
【第51話】肥満症の治療薬
【第52話】Dear ケレンディア
【第53話】高齢ダイアベティスの極意~キョウイクとキョウヨウ~
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