糖尿病専門医・指導医 野見山崇 | 糖尿病についてのコラム

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糖キング 糖の流れに魅せられた男が語る(Talking)糖尿病のお話。 二田哲博クリニック 糖尿病専門医・指導医 野見山崇

【第13話】
ADAレポート2016

American Diabetes Association (ADA) 76th Scientific Sessionsに行ってきた。今年はルイジアナ州のニューオリンズで行われたADA。私個人としては2003年以来13年ぶり2度目のADA in ニューオリンズとなった。成田からヒューストン経由でニューオリンズへ飛んだのだが、機内はさながら日本糖尿病学会評議員会といった感じで、JDSの先生方で埋め尽くされていた。ニューオリンズはJazzy Cityと呼ばれるくらいJazzが盛んな古き良きアメリカの町で、町中いたるところで路上ライブが行われている。コンベンションセンターとダウンタウンが徒歩で行き来できるほど近く、ADAのような大きな学会を開催するには適した町といえ、蒸し暑いのを除けば快適で私も好きな都市の一つだ。13年ぶりのニューオリンズはハリケーン・カトリーナの爪痕も感じられず、我々を温かく受け入れてくれた。

まず、今回のADAで特筆すべきことは、清野裕先生がHarold Rifkin Awardを受賞されたことだ。先生の長年のインスリン分泌能低下に関する研究の成果と、アジアにおける糖尿病教育の普及に対して賞が授与された。日本人として初のADAでの受賞に、日本糖尿病協会の活動も寄与しているのであれば、幹事の一人として嬉しく思い、心からお喜び申し上げる次第です。
今回のADAはプログラム校正が素晴らしく、学会会場に入り浸っていても全く飽きることなく、糖尿病学の海にどっぷり漬かる事が出来た。SGLT2阻害薬のシンポジウムの題名が傑作で“The Good Heart, the Bad Bone, and the Ugly Alpha Cell-What About Them SGLT2 Inhibitors?”であった。ご存知の通り“The Good, the Bad and the Ugly”はクリント・イーストウッド主演の映画で日本語タイトルは“続・夕陽のガンマン”である。

クリント・イーストウッド主演『続・夕陽のガンマン』


Good, Bad and Uglyは米国で諸刃の剣的な表現をするときに良く用いられる記述で、PubMedにこのワードを入れると147件のレビューがヒットする。おそらく日本の学会でこのタイトルをシンポジウムに採用しようとしたら0.3秒で却下されるだろう(苦笑)。SGLT2阻害薬は心血管イベントにはよい結果が出ているが、サルコペニアなどを惹起する可能性があり骨折のリスクを上げるかもしれないし、α細胞を暴走させてグルカゴン分泌を上げるかもしれないという意図と思われるが、シンポジウムの内容はSGLT2阻害薬への期待がイッパイという感じであった。シンポジウムの中で私が注目したのは、体重減少のためにはCalorie Restrictionすなわち食事制限が必要だと言っていた事だ。これさえ飲んでいれば大丈夫的な発想が大好きなアメリカ人にしては客観的な意見に好感が持てた(Diabetes Care. 2015 Sep;38(9):1730-5)。しかしこの事実、わが国でも既に論文化している先生がいる。私が兄のように仲良くさせていただいている北海道大学三好秀明先生だ(Endocr J. 2016 Jun 30;63(6):589-96.)。欧米人に比して日本人は肥満度や過食が少ないにもかかわらずSGLT2阻害薬の体重減少効果に食事制限が重要なことは、それがミラクルドラックではないことを物語っている。
また、糖キング第10話でお話したEMPA-REG OUTCOMEの結果も、多くの患者にメトホルミンが先行投与されており、スタチンにてLDL-Cの平均は約85mg/dLにコントロールされていたことに留意するべきだ。SGLT2阻害薬が“良い”というのではなく、どのような状況でSGLT2阻害薬を使用したら効果を最大限に発揮できるかという解釈が望まれる。その他、Diabetes, Cancer, and AgingのセッションではAMPKのマニアックな話しに脳がフル回転し、大血管障害のセッションではEdwin Bierman Awardを受賞されたClay F. Semenkovich先生がTGを低下させることの重要性を熱弁され、Residual Riskの再確認をさせられた。

今回のADAで最も注目を集めたのはLEADER試験の結果であることは言うまでもない。6月13日月曜日の午後、最も大きなHall Fの5,000席は超満員に膨れ上がり、我々は固唾を呑んで結果を待ちわびた。LEADR試験はGLP-1受容体作動薬リラグルチド(ビクトーザⓇ)の投与によって2型糖尿病患者の心血管イベントを抑制できるかという試験である。結果は勿論“Yes, we can!”であった。リラグルチドが心血管イベントを有意に抑制したグラフが提示されたとき、場内は拍手喝采に包まれた。ついに我々が大好きなインクレチンが、臨床において心血管イベントを抑制したのである。しかし、LEADER試験の結果がわが国の実臨床にダイレクトに反映されるかどうかはまだ議論の余地がある。LEADER試験には日本人がエントリーされておらず、アジア人は全体の約8%を占めるのみで、平均BMI約32kg/m2とかなり欧米的な集団である。また、リラグルチドも海外用量の1.8mg投与されており、わが国における最大用量の倍量である。患者背景と治療内容の違いはあるものの、インクレチン関連薬の心血管イベント抑制という我々の夢を一つ叶えたとは言える。しかし、大手を振って喜べないのが厳しい現実でもある。LEADER試験は大きな影も残した。膵癌を増やしてしまった。統計学的有意差はないものの、2.59倍増やしている。膵癌は糖尿病患者でリスクの高い癌として知られ、予後が悪いため避けなくてはならない癌である。しかも、膵臓の細胞をある意味刺激するGLP-1と膵癌は以前より議論がなされており、私も最近の総説でディスカッションしている。勿論、今回の試験は悪性腫瘍が主要評価項目ではないので、しっかりとしたスクリーニングや検索がされているわけではないので、リラグルチドが膵癌を増やしたと断定は出来ないが、今後の大きな課題を残した。

Malignant neoplasms by tissue type ( Confirmed by adjudication )

膵癌に関する検討やエクスキューズの作成は他者にお譲りするとして、私が思わずハッとしてしまったのは、、、“前立腺癌が半分に減っている!!”ことだった。我々が基礎研究で行なってきたGLP-1受容体作動薬の前立腺癌抑制作用がこんなに早く臨床の場で証明されるとは(Diabetes. 2014 Nov;63(11):3891-905., PLoS One. 2015 Oct 6;10(10):e0139709.)。さらに、プラセボ群で47例、リラグルチド群で26例と、前立腺癌は本研究中に発症した最も多い癌の一つであり、この結果は昨年発表されたTECOSの結果とも共通する(N Engl J Med. 2015 Jul 16;373(3):232-42.)。すなわち、前立腺癌が糖尿病患者におけるメジャーな癌であり、GLP-1作用はそれを抑制する可能性が示唆されたのだ。発表終了後、愛知医大の神谷英紀先生がイケメンな声で“先生、やったねっ!”と声を掛けてくれた。まさに、やったねっ!だった。有難うLEADER試験、我々の功績と正当性を証明してくれた。もしも私が半沢直樹だったら、糖尿病で前立腺癌なんか研究して意味あるの?と言った方々に土下座してもらいましょう(笑)。

イメージ図

更なる研究への夢と希望とやる気を胸に、帰りのANA機内で祝杯を一人で挙げ、機内食のうどんに日本人である喜びを噛締めたのであった。
帰国後、日米通算最多安打を達成したイチロー選手が記者会見でこう言っていた。子供のころから、周囲に笑われても気にせず努力してきた結果だと。研究も同じではないか。その研究に価値があるか無いかを決めるのは、10年後、100年後の人類かもしれない。インパクトファクターの高い雑誌に掲載されていても、その後全く引用されない論文も山ほどある。大切なのは目の前にある課題を信じた道でやり切り、形に残すことだと考える。

[ 注 ]

*『続・夕陽のガンマン』
  The Good, the Bad and the Ugly:
 制作 1966年
 上映 1967年(日本)
 監督 セルジオ・レオーネ
 脚本 フリオ・スカルペッリ
    セルジオ・レオーネ
    ルチアーノ・ヴィンチェンツォーニ
 出演 クリント・イーストウッド
    リー・ヴァン・クリーフ
    イーライ・ウォラック
 配給 ユナイテッド・アーティスツ
   (United Artists Entertainment LLC)





<残心>Meet the Expert
行きの飛行機に乗る前、成田のANAラウンジで慈恵医大の田嶼尚子(たじまなおこ)先生にお会いしました。そしてなんと“糖キング良く書けているわよ”とお褒めのお言葉を頂きました。田嶼先生は、まだ私が茶髪の若造だった時、海外の研究会でご一緒させていただいて以来、息子のように可愛がっていただいている先生です。今回、糖キングは母上のお墨付きを頂きました。
私が初めてADAに参加したのは2000年のサン・アントニオの時でした。順天堂から初めてのADAポスター発表を、先輩の松永肇先生とすることができた私は、当時テキサスにご留学中であられた現・大阪大学教授下村伊一郎先生がADAの大舞台でシンポジストを務められているのを拝見し、感動して図々しくもご挨拶させていただきました。そしてその数年後、帰国された下村先生が順天堂にご講演に来られた際“先生、覚えてるよ~”と気さくに話しかけていただき、研究へのモチベーションが上がったのです。
ADAや海外の学会・研究会に参加する特典として、日本人のご高名な先生方と近い距離でお話しさせていただき、沢山勉強させていただけることが挙げられます。若い医師のみなさん、専門医を早く取得することは重要なことではありません。維持するのが大変なだけです。全く先の見えない新専門医制度に右往左往するのではなく、海を渡ってExpertに出会い、自分の可能性を拡げてみてはいかがでしょう。そして、人類の歴史に名を残す、サイエンスの旅に出ませんか。きっと新しい世界が拓けるはずです。専門医を取得するのは大学を離れる直前で十分です。





残心(ざんしん)】日本の武道および芸道において用いられる言葉。残身や残芯と書くこともある。文字通り解釈すると、心が途切れないという意味。意識すること、とくに技を終えた後、力を緩めたりくつろいでいながらも注意を払っている状態を示す。また技と同時に終わって忘れてしまうのではなく、余韻を残すといった日本の美学や禅と関連する概念でもある。(Wikipediaより一部抜粋・転載)






【第01話】多くの人生を変えたミラクルドラック・インスリン
【第02話】HbA1cの呪縛
【第03話】糖尿病と癌
【第04話】糖毒性という名のお化け
【第05話】医者らしい服装とは?
【第06話】食後高血糖のTSUNAMI
【第07話】DMエコノミクス
【第08話】インクレチンは本当にBeyondな薬か?
【第09話】守破離(しゅ・は・り)
【第10話】EMPA-REG OUTCOMEは糖尿病診療の世界を変えるか?
【第11話】新・糖尿病連携手帳
【第12話】過小評価されている抗糖尿病薬・GLP-1受容体作動薬
【第13話】ADAレポート2016
【第14話】メトホルミン伝説
【第15話】Weekly製剤を考える
【第16話】糖と脂の微妙な関係
【第17話】チアゾリジン誘導体の再考~善とするか「悪とす」か~
【第18話】糖尿病患者さんの死因アンケート調査から考える
【第19話】Class EffectかDrug Effectか
【第20話】糖尿病治療薬処方のトリセツ執筆秘話
【第21話】大規模臨床試験の影の仕事人
【第22話】低血糖の背景に、、、
【第23話】ミトコンドリア・ルネッサンス
【第24話】血管平滑筋細胞の奥深さ
【第25話】運動療法温故知新
【第26話】糖尿病アドボカシー
【第27話】GLP-1の真の目的は何か
【第28話】糖尿病連携手帳 第4版
【第29話】残存リスクを打つべし!
【第30話】糖尿病という病名は変更するべきか
【第31話】合併症と併存症
【第32話】メディカルスタッフ
【第33話】新・自己管理ノート
【第34話】グルカゴン点鼻薬とスナッキング肥満
【第35話】SGLT2阻害薬 For what?
【第36話】血糖値と血糖変動のアキュラシー
【第37話】経口GLP-1受容体作動薬
【第38話】コロナ禍をチャンスにする糖尿病診療
【第39話】HbA1cはウソをつく、こともある
【第40話】糖尿病治療ガイド2022-2023:私のポイント
【第41話】順天堂大学医学部附属静岡病院
【第42話】2型糖尿病の薬物療法のアルゴリズム
【第43話】降圧薬のBeyond
【第44話】糖尿病治療はデュアルの時代
【第45話】兄貴に捧げるラストソング
【第46話】血糖だけにこだわらない!糖尿病治療薬の考え方・使い方
【第47話】糖尿病は治るのか?
【第48話】2型糖尿病の薬物療法のアルゴリズム(第2版)
【第49話】医師の働き方改革
【第50話】GLP-1受容体作動薬のセレクト

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