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2型糖尿病を合併する慢性腎臓病のための薬が臨床応用された。フィネレノン(ケレンディア®)という。近年矢継ぎ早に新規糖尿病治療薬が臨床応用されてきたが、合併症のための薬は久しぶりである。はたしてどのような薬剤で、どれだけの臨床的効果が期待できるのであろうか。
販売元のバイエル薬品は非ステロイド型選択的ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬と銘打っているが、この表現がケレンディアの立ち位置を分かりにくくしている。糖尿病性腎症や種々の血管病変を悪化させるミネラルコルチコイド受容体(MR)の活性化を抑制することがケレンディアの血管保護のメカニズムだが、開発の経緯は我々がよく知っているニフェジピン(アダラート®)に端を発している。ニフェジピンをはじめとしたジヒドロピリジン系のカルシウム拮抗薬が、MRの活性を部分的に阻害していることは内分泌内科の間ではよく知られているコモンセンスだ(Hypertension. 2008;51:742-748)。そのため手術で治療できない原発性アルドステロン症の降圧薬の一つとしてよく選択される。このニフェジピンのMR阻害活性を高め、選択性をさらに高めた薬がケレンディアである(Chem Med Chem. 2012;7:1385-1403)。内分泌を専門とする我々は、ニフェジピンのMR拮抗作用をメカニズム的に好む傾向にある。なので、もし私がバイエル薬品の社員だったら、“非ステロイド型選択的ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬”などと回りくどい言い方をするのではなく“パワーアップしたアダラートCRから降圧作用を引いたものです”と言って宣伝するであろう。FIDELIO-DKD(N Engl J Med. 2020;383(23):2219-2229)という研究結果を基に、糖尿病性腎症もしくはDKD(Diabetic Kidney Disease)の適応を取得したケレンディアは、2024年の糖尿病診療ガイドで推奨グレードBと唯一薬剤名を挙げて記載されている。腎臓を護るために血糖管理は重要だ。しかし、血糖管理に加えて備えられることがあるのなら、備えておく方がよいだろう。
実はケレンディアが発売されたばかりの頃、私はこの薬剤をあまり重要視していなかった。糖尿病専門医として、糖尿病治療薬のBeyondな作用を研究してきた一人として“GLP-1受容体作動薬とSGLT2阻害薬があればよかろうもん!”と高を括っていていたのだ。しかし、FIGARO-DKDという研究でSGLT2阻害薬とケレンディアを併用した方が、心血管イベントが有意に抑制されるというデータをみて愕然とした(N Engl J Med. 2021;385(24):2252-2263)。SGLT2阻害薬を過信していた我々糖尿病医は、ケレンディアとSGLT2阻害薬の併用によってその盲点を見出し、更なる血管を護るためのダイアベティス・ケアが遂行できる可能性があるのではないか。そして、その答えはなんと過去の我々の論文にあった。SGLT2阻害薬が発売された当初、福岡西部の先生方と共同で行ったFUSIONという研究で、なんとSGLT2阻害薬が血中アルドステロン濃度を有意に上昇させていたのだ。
すなわち、今まで我々が見ていたSGLT2阻害薬の腎保護作用や血管保護作用は、アルドステロン濃度の上昇に伴うMR活性化を差し引いた結果を見ていたに過ぎず、SGLT2阻害薬にケレンディアを併用すると、SGLT2阻害薬のMR活性化をブロックしながらSGLT2阻害薬の良い作用を引き出せることになる。
FUSIONにおいて、我々がアルドステロン濃度を測っていたのは奇跡もしくはケレンディアの登場を予知していたような超能力とも言える。測定しようと言い出したのは、当時の福岡大学医学部内分泌・糖尿病内科教授 柳瀬敏彦先生だ。私はレプチンやアディポネクチンは変化する可能性があると思い興味を持っていたが、アルドステロンは変化すると思っていなかったし、変化したところで臨床的意義があるのだろうかと正直思っていた。それが6年後、FIGALO-DKDのSGLT2阻害薬とケレンディアの相乗効果を説明することになるとは夢にも思わなかった。やはり、柳瀬先生は偉大だ。
ケレンディアに私から贈る言葉あるとすれば“キネダック®(エパルレスッタト)の二の舞にならないでくれ!”ということだ。もう忘れ去られた感があるが、キネダックという糖尿病性神経障害の素晴らしい薬があり、愛知医科大学の神谷英紀先生らが精力的に研究をされてきた(Diabetes Care. 2001:24(6):1093-1098)。細胞内糖代謝の脇道とも言えるポリオール経路を阻害する薬であり、ポリオール経路は糖尿病性神経障害のみならず、内皮機能障害にも重要な経路であるため、キネダックには血管保護作用も期待できる。しかし、効果がよく分からない、食直前に3回飲むのが面倒くさいといった誹謗中傷を浴び、あまり使われなくなってしまった。ケレンディアを第2のキネダックにしないために、尿アルブミン指数を定期的に測定することをお願いしたい。最近の若い医師はCKDやDKDといった言葉に毒されて、尿アルブミンを測定してくれない。先日頂いた紹介状には“糖尿病性腎症はステージG3bです”と書いてあった。それはCKDのステージだ!糖尿病のある人にとって、eGFRの測定は血管予後を十分に反映しておらず、尿アルブミンの方が重要であることをJDDM54が明確に示している(Diabetes Care. 2020;43(5):1102-1110)。上辺だけの流行りの病名に振り回されず“糖尿病性腎症”の病態を熟慮した診療が望まれる。そして合併症・併存疾患のための薬剤が超進化したら“糖尿病になって多少血糖が高くても合併症にならないから楽勝だよ”と言える日が来て、スティグマの一部が解消されるのかもしれない。
<残心>ベスト8
パリオリンピックでは熱戦が繰り広げられました。睡眠が大事なお年頃になった私は、時差の関係でリアルタイムには殆ど観戦できませんでしたが、ニュースで日本選手団の大躍進を知り、嬉しく思いました。ところで、オリンピックやワールドカップなどの国際大会で不思議に思うことがあります。日本人選手もしくは日本チームが悲願の出場を決めた競技で、大会が始まった途端に“目標はベスト8”に変わってしまうのは何故でしょうか。出場することが困難で、そこを目標にして戦い達成出来たのであれば、“あとは思う存分楽しんでください”で良いのではないか。マスメディアが選手を煽って苦しめているとしか思えません。でもなぜベスト4やベスト16ではなく“ベスト8”なのでしょうか?日本人独特のベスト8という数字へのこだわりがあるような気がします。ちなみにベスト8という英語は存在しません。英語ではQuarterfinalsと言います。思い返せば学生時代、私はよくベスト8で負けていました。メダルまであと一歩のベスト8は、競技者にとって一つの壁なのかもしれません。
SNSで選手に対する誹謗中傷が横行しているようですが、公認スポーツドクターとして断じて許せません。言いたいことがあったら実名で言うべきで、結果に不満があるのなら自分が選手になってメダルを獲得して来てください。
【残心(ざんしん)】日本の武道および芸道において用いられる言葉。残身や残芯と書くこともある。文字通り解釈すると、心が途切れないという意味。意識すること、とくに技を終えた後、力を緩めたりくつろいでいながらも注意を払っている状態を示す。また技と同時に終わって忘れてしまうのではなく、余韻を残すといった日本の美学や禅と関連する概念でもある。(Wikipediaより一部抜粋・転載)
【第01話】多くの人生を変えたミラクルドラック・インスリン
【第02話】HbA1cの呪縛
【第03話】糖尿病と癌
【第04話】糖毒性という名のお化け
【第05話】医者らしい服装とは?
【第06話】食後高血糖のTSUNAMI
【第07話】DMエコノミクス
【第08話】インクレチンは本当にBeyondな薬か?
【第09話】守破離(しゅ・は・り)
【第10話】EMPA-REG OUTCOMEは糖尿病診療の世界を変えるか?
【第11話】新・糖尿病連携手帳
【第12話】過小評価されている抗糖尿病薬・GLP-1受容体作動薬
【第13話】ADAレポート2016
【第14話】メトホルミン伝説
【第15話】Weekly製剤を考える
【第16話】糖と脂の微妙な関係
【第17話】チアゾリジン誘導体の再考~善とするか「悪とす」か~
【第18話】糖尿病患者さんの死因アンケート調査から考える
【第19話】Class EffectかDrug Effectか
【第20話】糖尿病治療薬処方のトリセツ執筆秘話
【第21話】大規模臨床試験の影の仕事人
【第22話】低血糖の背景に、、、
【第23話】ミトコンドリア・ルネッサンス
【第24話】血管平滑筋細胞の奥深さ
【第25話】運動療法温故知新
【第26話】糖尿病アドボカシー
【第27話】GLP-1の真の目的は何か
【第28話】糖尿病連携手帳 第4版
【第29話】残存リスクを打つべし!
【第30話】糖尿病という病名は変更するべきか
【第31話】合併症と併存症
【第32話】メディカルスタッフ
【第33話】新・自己管理ノート
【第34話】グルカゴン点鼻薬とスナッキング肥満
【第35話】SGLT2阻害薬 For what?
【第36話】血糖値と血糖変動のアキュラシー
【第37話】経口GLP-1受容体作動薬
【第38話】コロナ禍をチャンスにする糖尿病診療
【第39話】HbA1cはウソをつく、こともある
【第40話】糖尿病治療ガイド2022-2023:私のポイント
【第41話】順天堂大学医学部附属静岡病院
【第42話】2型糖尿病の薬物療法のアルゴリズム
【第43話】降圧薬のBeyond
【第44話】糖尿病治療はデュアルの時代
【第45話】兄貴に捧げるラストソング
【第46話】血糖だけにこだわらない!糖尿病治療薬の考え方・使い方
【第47話】糖尿病は治るのか?
【第48話】2型糖尿病の薬物療法のアルゴリズム(第2版)
【第49話】医師の働き方改革
【第50話】GLP-1受容体作動薬のセレクト
【第51話】肥満症の治療薬
【第52話】Dear ケレンディア
【第53話】高齢ダイアベティスの極意~キョウイクとキョウヨウ~
【第54話】尿アルブミンは心血管の鏡
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