医療人として | 糖尿病の治療について | 糖尿病についてのコラム | プロフィール
糖尿病の診療や研究において、我々は“糖毒性”という言葉をよく口にする。しかし、糖毒性のある状態とない状態を正しく定義づけ、判断できる人はいないであろう。血糖値がいくつ以上で、その状態が何日以上続いたら糖毒性が生まれるのか、また正常血糖値が何日以上続いたらそれが解除されるのか、誰も知らない。しかし、患者さんの血糖が良くなるとインスリン抵抗性やインスリン分泌能が改善し、何となく糖毒性があったような気がする。その感覚はお化けや幽霊、神仏に似ている。
お化けや幽霊、神様仏様は何となく居るような気がして、ぞくっとしてつい後ろを振り返ったり、神前仏前では思わず手を合わせてしまうが、その存在を定義づけて立証し、Figure(フィギュア:形、姿、図案などの意)にまとめなさいと言われると、不可能だ。もし、それに成功できたらNature誌に論文が出せるだろう(笑)。“幽霊の正体見たり枯れ尾花”とばかりに、K大学のY先生は“糖毒性の正体はAGEs(Advanced Glycation End Products)だ”とか、K医科大学のK先生は“膵β細胞における酸化ストレスだ”と言われるかもしれないが、それだけでは十分説明できないと私は思う。 以前、私は糖尿病研修ノート(診断と治療社)という本に糖毒性について執筆した事がある。
この中で、高血糖に伴う末梢組織でのヘキソサミン経路の活性化によるインスリン抵抗性の惹起や、膵β細胞でのPDX-1(Pancreatic and duodenal homeobox 1)の失活について記載しているが、糖尿病治療の目標が合併症を予防して患者の生活の質や寿命を護ることにあるのなら、本当の意味での糖の毒性は血管や脳(認知症)、癌組織における毒性ではないか。最近、“糖”毒性というと師匠にお叱りを受けるので、ここではあえて“高血糖”毒性と呼ぶべきかも知れない。勝手な私見ではあるが、糖毒性という言葉が独り歩きした原因は、これまでの糖尿病研究が膵β細胞やインスリンシグナル伝達に偏ってきたことによる副作用ではなかろうか。糖が多いとインスリンの分泌と感受性が悪くなる。だから糖は毒だ!糖毒性だ!という単純な発想に邪念がとりつくと、糖は毒だから入れないほうがいい、低糖質ダイエット万歳!という悪の道へと転落していく。糖尿病診療の本質が、高血糖の是正による“臓器保護”である事を再認識し、本質に迫った臨床や研究を、未来に向かってしなくてはならないと思う。 しかし、いずれにしても高血糖毒性は早急に解除しなくてはならない。幽霊がとりついている家にいつまでも住んでいたい人は居ないであろう。除霊するか、引っ越して生活をリセットしたいと思うはずだ。最近、そのリセットの方法に注目が集められている。端的に言うとインスリンかSGLT2(Sodium GLucose co-Transporter 2)阻害薬かということだ(図参照)。
前者は最も古く伝統ある糖尿病治療薬で、第1話にある通り糖尿病学の発端にもなっている。後者は最も新しく、革新的なメカニズムによって血糖を下げる薬剤である。インスリンが血中の糖をインスリン標的臓器(主に筋肉と脂肪)に取り込ませることで血糖値を低下させるため、血糖低下に伴い“肉”が付いていく。一方、SGLT2阻害薬は糖を尿中に排泄する事で、血糖値を下げるので肉は付かず、むしろやせる事もあるが、脱水やケトン体産生といった恐ろしい副作用を引き起こす事がある。例えるなら、ボーナスをそのまま貯金するのと、パーッと使ってしまうのとの違いかもしれない。元々潤沢に蓄えがある人はいいが、そうでない人は堅実に蓄えるほうが良いのではないか。また、浪費癖が付く事が最近分かってきた。SGLT2阻害薬を飲むと、膵α細胞からのグルカゴン分泌が促進され、肝臓からの糖の放出が上昇してしまう(J Clin Invest 2014;124:509-14)。そこで内服を中止すると血糖値は急上昇する可能がある。つまり、一度旨みを味わってしまうと、浪費癖がついてなかなか足が洗えない薬ともいえる。若くて肥満のある患者さんには有意義かもしれないが、色々と慎重にならざるを得ない薬である。今後研究が進み、有効かつ安全に使用できる患者像が浮き彫りになる事を期待する。 新たな薬剤は未知の扉を開ける可能性を秘めている。我々は間違ってパンドラの箱を開けてしまわないように気をつけなければならない。医療従事者として、科学者として、未来に負の遺産を残さぬように。
<残心>役者と糖尿病診療の共通点
名優・高倉健さんが他界されました。父が大ファンだった影響もあり、私も数々の名シーンを覚えています。強さと優しさを無言で表現できる名優は、健さんの他に居ないのではないでしょうか。ある番組で、健さんの特集が放送されていたのを、私は何気なく見ていました。そのとき健さんはこう言われたのです。
「役者というのは役柄になって、色んな人の生き様を経験し、勉強させてもらっている」
深く感銘を受けました。なぜなら、最近私が糖尿病診療について思っている事と酷似していたからです。私は“血糖コントロールは人生設計です”と言っておりますが、同時に我々糖尿病医は様々な患者さんの人生模様を血糖コントロールというスクリーンを介して拝見させて頂き、人生の勉強をさせて頂いていると思っています。患者さんが診察室の扉を開けたときは何千何万とあるシーンの一幕が開いたときで、扉を閉めたときはその一幕が終わったときではないでしょうか。こんな生き方も有るんだな、あの時は辛かったけど今は良くなったねと、共に泣き笑いする診察室。それが糖尿病診療だと思います。私も患者さんの人生という映画に、脇役でいいのでキャスティング頂き、気の利いた台詞を言ってみたいと願っています。この境地に導いてくれた高倉健さんに、心から感謝すると共にご冥福をお祈り申し上げます。ちなみに、私が最も好きな健さんの映画は“冬の華”です。
【残心(ざんしん)】日本の武道および芸道において用いられる言葉。残身や残芯と書くこともある。文字通り解釈すると、心が途切れないという意味。意識すること、とくに技を終えた後、力を緩めたりくつろいでいながらも注意を払っている状態を示す。また技と同時に終わって忘れてしまうのではなく、余韻を残すといった日本の美学や禅と関連する概念でもある。(Wikipediaより一部抜粋・転載)
【第01話】多くの人生を変えたミラクルドラック・インスリン
【第02話】HbA1cの呪縛
【第03話】糖尿病と癌
【第04話】糖毒性という名のお化け
【第05話】医者らしい服装とは?
【第06話】食後高血糖のTSUNAMI
【第07話】DMエコノミクス
【第08話】インクレチンは本当にBeyondな薬か?
【第09話】守破離(しゅ・は・り)
【第10話】EMPA-REG OUTCOMEは糖尿病診療の世界を変えるか?
【第11話】新・糖尿病連携手帳
【第12話】過小評価されている抗糖尿病薬・GLP-1受容体作動薬
【第13話】ADAレポート2016
【第14話】メトホルミン伝説
【第15話】Weekly製剤を考える
【第16話】糖と脂の微妙な関係
【第17話】チアゾリジン誘導体の再考~善とするか「悪とす」か~
【第18話】糖尿病患者さんの死因アンケート調査から考える
【第19話】Class EffectかDrug Effectか
【第20話】糖尿病治療薬処方のトリセツ執筆秘話
【第21話】大規模臨床試験の影の仕事人
【第22話】低血糖の背景に、、、
【第23話】ミトコンドリア・ルネッサンス
【第24話】血管平滑筋細胞の奥深さ
【第25話】運動療法温故知新
【第26話】糖尿病アドボカシー
【第27話】GLP-1の真の目的は何か
【第28話】糖尿病連携手帳 第4版
【第29話】残存リスクを打つべし!
【第30話】糖尿病という病名は変更するべきか
【第31話】合併症と併存症
【第32話】メディカルスタッフ
【第33話】新・自己管理ノート
【第34話】グルカゴン点鼻薬とスナッキング肥満
【第35話】SGLT2阻害薬 For what?
【第36話】血糖値と血糖変動のアキュラシー
【第37話】経口GLP-1受容体作動薬
【第38話】コロナ禍をチャンスにする糖尿病診療
【第39話】HbA1cはウソをつく、こともある
【第40話】糖尿病治療ガイド2022-2023:私のポイント
【第41話】順天堂大学医学部附属静岡病院
【第42話】2型糖尿病の薬物療法のアルゴリズム
【第43話】降圧薬のBeyond
【第44話】糖尿病治療はデュアルの時代
【第45話】兄貴に捧げるラストソング
【第46話】血糖だけにこだわらない!糖尿病治療薬の考え方・使い方
【第47話】糖尿病は治るのか?
【第48話】2型糖尿病の薬物療法のアルゴリズム(第2版)
【第49話】医師の働き方改革
【第50話】GLP-1受容体作動薬のセレクト
【第51話】肥満症の治療薬
【第52話】Dear ケレンディア
【第53話】高齢ダイアベティスの極意~キョウイクとキョウヨウ~
【第54話】尿アルブミンは心血管の鏡
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