医療人として | 糖尿病の治療について | 糖尿病についてのコラム | プロフィール
第02話にも書いた。我々糖尿病医や糖尿病診療に関わるメディカルスタッフは、HbA1cの呪縛にかけられている。糖尿病外来を行っていると、食事・運動療法が守られていなくてもHbA1cが低い患者さんは優等生で、一生懸命食事・運動療法に励んでいてもHbA1cが高い患者さんは劣等生のように感じてしまう。そして、来院時血糖値が低いにもかかわらずHbA1cが高い患者さんには“受診日の数日前だけ食事を減らしても、HbA1cはごまかせませんよ”などと、スティグマ的な発言をしてしまう。しかし、HbA1cの値に全幅の信頼を寄せて良いのであろうか。私たちが愛してやまないHbA1cに裏切られている可能性はないのか。
表に一般的に知られているHbA1cが真の血糖平均値と乖離する状態を示した。HbA1cを絶対的な血糖コントロールの指標としているにも関わらず、これだけの条件がHbA1c値に影響をしている。そして最近、表に挙げた状態がなくても血糖値とHbA1cが明らかに乖離している患者さんによく出会う。HbA1cの測定機器を販売しているメーカーに異常ヘモグロビン症ではないか?と問い合わせたが、答えはNoであった。そもそも、異常ヘモグロビン症はわが国では極めてまれな病態で、私は26年の医者人生で一人だけアフリカ出身の男性しか診察したことがない。では、HbA1cにウソをつかれているかもしれない、騙されているかもしれないと思った時はどうしたらよいのか。持続血糖モニターや自己血糖測定(SMBG)をしている患者さんであれば、それが良い指標になるかもしれないが、皆がそうしているわけではない。そんな時こそ“グリコアルブミンを測定して頂きたい!”
グリコアルブミン (GA) は約2週間の血糖コントロールの指標として知られているが、それだけではないmade in Japanの優れた血糖コントロールの指標である。HbA1cに比べてスパイク状の食後高血糖を反映しやすく、北海道大学 三好秀明 先生のスルホニル尿素薬とレパグリニドを比較した研究においても、GAやGA/HbA1cが血糖変動を表す優れたマーカーとして測定されている(J Diabetes Investig 2019; 10: 367–374)。ネフローゼ症候群のような病態では低値を示すが、患者さんのSMBGや来院時の血糖値と整合性が取れる値を的確に示してくれる。また、短期間の血糖平均値を反映するため、術前血糖コントロールや入院前後の血糖の改善を確認するのにも有用である。“俺はHbA1cが7%未満にならないと手術はしないんだ!!”と言ってる外科の先生にも“GAが20%未満だから同等の血糖コントロールではないでしょうか”と私はよくお願いをしている。そもそも、HbA1cが7%未満にならないと手術はしないのであれば、異常ヘモグロビン症で高値になっている患者さんは、永遠に手術してもらえないことになる。ここにも呪縛が発生していると言える。GAを用いた血糖コントロール目標を示した。一般的にはGAとHbA1cの換算式はGA=(HbA1c-2)×4で計算されるが、頭脳明晰で暗算が超得意な人は、野田光彦 先生の式HbA1c=0.216×GA+2.978を使われても良い(Endocr J. 2014, 61 (6), 553-560)。
なぜ今まで素晴らしい血糖コントロールの指標であるGAがHbA1cに比して汎用されて来なかったのか。それは海外で十分普及されておらず、エビデンスが少ないからと言える。今は何でもエビデンスだ。医者の勘とか経験、インプレッションとか第六感は意味をなさない時代になった。だったらエビデンスとガイドラインをインプットしたペッパー君が診察すればいいと思うが、それはまた後日議論する。
ところが最近、九州大学 二宮利治 先生から素晴らしいエビデンスが報告された(Atherosclerosis. 2020, 31, 52-59)。福岡が世界に誇る久山町研究の解析において、GAが糖尿病の有無にかかわらず心血管疾患の良きマーカーとなり得ることが示された。まさに福岡発世界へのエビデンスである。HbA1cとGAを同時に測定すると保険診療上査定される可能性もあるので、常に測定する必要はないし、GAがHbA1c取って代わるには、まだ証拠不十分と言える。しかし、糖尿病診療においてHbA1cを鵜吞みにしないで、もしかしたらHbA1cにウソをつかれているかもしれないと思ったら、次回はHbA1cの代わりにGAを測ってみましょうと患者さんに言い、上記の換算式や血糖コントロールの目標値を説明してはいかがであろう。私はこの方法で多くの患者さんと信頼関係を築いて来た。HbA1cを妄信しないで、出されたデータを疑うことも患者さんに寄り添える一歩になる可能性がある。 最後に福岡出身者として全国の皆様に是非ご理解いただきたいことがある。久山町(ひさやまちょう)ではなく久山町(ひさやままち)です。
<残心>医療者として
この2年間、発熱外来というCOVID-19のPCR検体を採取する外来を毎週、時には週2回行ってきました。病院外のテント内で行うため、夏は灼熱地獄、冬は極寒地獄のなか検体採取をします。教授とは名ばかり、当院では歩兵医師の一人にすぎない私にも発熱外来の担当が振り分けられた当初は“こんな仕事をJCI(Journal of Clinical Investigation)を持っている俺にやらせるのか~!?”と憤慨したのですが、患者さんを目の前にすると反射的に医療者として親切に、懇切丁寧に説明して対応している自分がいることに気付きました。なかには私が発熱外来で検体採取を担当したことを切っ掛けに、私の糖尿病外来に通院し始めた患者さんもいます。コロナ禍で自分も一医療者であることを再確認しました。
最近、少しずつ対面式の講演会が始まると、私の座長をして頂くような大御所の先生方も、一医療者としてPCRの検体採取をされていることを知りました。私なんぞまだまだです。このままCOVID-19が終息することを心からお祈りします。
【残心(ざんしん)】日本の武道および芸道において用いられる言葉。残身や残芯と書くこともある。文字通り解釈すると、心が途切れないという意味。意識すること、とくに技を終えた後、力を緩めたりくつろいでいながらも注意を払っている状態を示す。また技と同時に終わって忘れてしまうのではなく、余韻を残すといった日本の美学や禅と関連する概念でもある。(Wikipediaより一部抜粋・転載)
【第01話】多くの人生を変えたミラクルドラック・インスリン
【第02話】HbA1cの呪縛
【第03話】糖尿病と癌
【第04話】糖毒性という名のお化け
【第05話】医者らしい服装とは?
【第06話】食後高血糖のTSUNAMI
【第07話】DMエコノミクス
【第08話】インクレチンは本当にBeyondな薬か?
【第09話】守破離(しゅ・は・り)
【第10話】EMPA-REG OUTCOMEは糖尿病診療の世界を変えるか?
【第11話】新・糖尿病連携手帳
【第12話】過小評価されている抗糖尿病薬・GLP-1受容体作動薬
【第13話】ADAレポート2016
【第14話】メトホルミン伝説
【第15話】Weekly製剤を考える
【第16話】糖と脂の微妙な関係
【第17話】チアゾリジン誘導体の再考~善とするか「悪とす」か~
【第18話】糖尿病患者さんの死因アンケート調査から考える
【第19話】Class EffectかDrug Effectか
【第20話】糖尿病治療薬処方のトリセツ執筆秘話
【第21話】大規模臨床試験の影の仕事人
【第22話】低血糖の背景に、、、
【第23話】ミトコンドリア・ルネッサンス
【第24話】血管平滑筋細胞の奥深さ
【第25話】運動療法温故知新
【第26話】糖尿病アドボカシー
【第27話】GLP-1の真の目的は何か
【第28話】糖尿病連携手帳 第4版
【第29話】残存リスクを打つべし!
【第30話】糖尿病という病名は変更するべきか
【第31話】合併症と併存症
【第32話】メディカルスタッフ
【第33話】新・自己管理ノート
【第34話】グルカゴン点鼻薬とスナッキング肥満
【第35話】SGLT2阻害薬 For what?
【第36話】血糖値と血糖変動のアキュラシー
【第37話】経口GLP-1受容体作動薬
【第38話】コロナ禍をチャンスにする糖尿病診療
【第39話】HbA1cはウソをつく、こともある
【第40話】糖尿病治療ガイド2022-2023:私のポイント
【第41話】順天堂大学医学部附属静岡病院
【第42話】2型糖尿病の薬物療法のアルゴリズム
【第43話】降圧薬のBeyond
【第44話】糖尿病治療はデュアルの時代
【第45話】兄貴に捧げるラストソング
【第46話】血糖だけにこだわらない!糖尿病治療薬の考え方・使い方
【第47話】糖尿病は治るのか?
【第48話】2型糖尿病の薬物療法のアルゴリズム(第2版)
【第49話】医師の働き方改革
【第50話】GLP-1受容体作動薬のセレクト
【第51話】肥満症の治療薬
【第52話】Dear ケレンディア
【第53話】高齢ダイアベティスの極意~キョウイクとキョウヨウ~
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